高齢出産ワーママのいろいろ発信してます

  • 2020年9月15日

遺伝子栄養検査で言われた衝撃的な言葉…

遺伝子栄養検査をしますと…自分のキャラや食事分析の結果が出てきます。私の例で言うと… まあなんと脂質についてはむかーしむかしに別の遺伝子検査をしていたのでわかってはいたんです。要は洋梨型。下半身デブになりやすい。でもたんぱく質がどうとかっていうのは思っても見なくて。なんでかしらないけど筋肉つかないなー。と思いながらずっと趣味でマラソン走ってました。走っても痩せないんですよ。最初は痩せてったんですが、すんごい走っててもまったく痩せないどころか増加していく感じ。摩訶不思議。200キロ/月は走ってたんですよ。きっとたんぱく質が足りてなくて、走れば走るほど栄養がただ漏れ?(笑)してたんかなーと。で、私が結果の解説で言われて衝撃的だったのが… 一生かよ!そういや唯一腹筋が割れた時があって…それは…懐かしの!ビリーズブートキャンプ 日本語字幕版を併用してやってた時でした(笑)謎がとけた!だから筋トレ必要だったからかー走れば走るほど内臓疲労し…身体がボロボロになってたんでしょう。そんなこんなでスポーツに特化した遺伝子栄養講座がスタートしてますよ。走ってる時に知りたかった!という内容になってます。なぜ?どうして?がわかります。歳をとったってスポーツのパフォーマンスをあげたい人は取り入れたら絶対いい‼️おっさん、おばちゃんだってスポーツがんばりたいんだよ!って方はいると思います!

  • 2020年9月8日

遺伝子栄養との出会い Vol.3

ストーリー第3話 遺伝子栄養との出会いストーリー エッセイ風にお送りしてます。 もう少しお付き合いください。 前回…遺伝子栄養は高かった!と書きました。 とりあえず値段は…まあ…ごにょごにょwww でもね。 これまでの結果が出なかった答えがこれで出ると思いました。 わたしは結婚前は結構運動してました。 どれくらいかというと… フルマラソンやもっと長い距離のウルトラマラソンもやってたし。 結構ハードでしょ? 100キロ走ったことあるんですよ😅 でもね。 走ってもやせないが売りでした(笑) なんでなのかなーとも思ってたし… ここのあたりの謎もこの検査でとけるのでは?と思いました。 少し脱線しました。 11月にメルマガ登録して…月日はすこし流れます。 2月になりました。 結構日にちたってますね。 やっと遺伝子栄養検査です。 遺伝子検査はしたことがあったんです。 でも、遺伝子栄養検査というのははじめて。 ここに栄養が入るところがミソですね。 私がやろうと思ったのは遺伝子だけではなく栄養分析もあるという点でした。 検査当日。 一生に一度だけど写真撮らずwww 検査は簡単でした。 綿棒を口の中に入れて頬のとこをスリスリするだけでした。 結果は1ヶ月後… 結構待ちますねー。 とまあこんな感じで遺伝子栄養と出会ったストーリーはなんてことはない。自分の悩みを検索していたら出会ったというオチでした。 私みたいに悩んでるひとの少しでも役に立てばと思い書いてみました。 知りたい方がいらっしゃったら聞いてくださいね。

  • 2020年8月11日

私と遺伝子栄養との出会いvol.2

少しエッセイ風にお送りしている第2話 前回からの続きです。 切羽詰まった私… もうその食べるダイエットに申込寸前。 旦那からは結果にコミットしろ!と言われる始末。 ホントにこれでいいのか… 私これでいいのか… もう一度調べてみよう。 これが最後だ。 これで自分の思う情報が出てこなければ諦めよう。 そう思った。 その時であった。 おそらくはじまったばっかりであろうメルマガに出会った。 #遺伝子栄養プロジェクト@dna_nourishment 遺伝子栄養? なんだそれ? キャラが動物? は? 私は実は2005年頃に遺伝子検査をしていた。 洋なし型というタイプであった。 それだけじゃないんだ。 なんか知らないけど色々動物であらわしてるんだ。 #糖質のリスク #脂質のリスク #タンパク質が不足してはいけない などメルマガで色々わかってきた。 とにかく検査を受けたいと思わせるメルマガだった。 説明会も結構あり…どの説明会に行こうか。ありがたいことに結構広島でやってたりしていたのを思い出す。 当時忙しいのとフルタイム勤務、有休も使い果たしていたのでどの日に申し込もうかと悩んでいた。 自分の中ではもう検査をすることは決めていた。 ただ、いつやるか今でしょ!みたいなわけにはいかなかった。 なぜなら高かったのだ… もう少し続きます…

  • 2020年8月10日

私と遺伝子栄養の出会いvol.1

遺伝子栄養との出会いを何回かに分けてストーリー化してみた。本日はVol.1私と遺伝子栄養の出会い…確か2018年秋頃…私は悩んでいた。産後…なぜか増加する体重。自分ではそんなに食べてるつもりもない。なぜだ?糖質制限ダイエットがはやってた。TVCMでもBeforeAfterや結果にコミット…それをみてご飯を抜くようになった。この生活が何年続いただろうか?10kg超えた時点で何かがおかしいと違和感を感じた。毎年受けてる人間ドックの数値にも響く。最初にみつけたのは…実は…食べるだけダイエット…現代人は、栄養が足りてないからたくさん食べる必要があるみたいな内容だった。もちろんやみくもに食材を選べばいいわけではなさそうだ。無料オンライン講座で知り、最後に申し込んでみようか…と毎日思案していた日々。それくらい悩みであり、身体の調子もあまりよくなくなかったのだ…迷って、迷った…本当に迷ってた。その時であった!Vol.2へ続く

  • 2020年5月6日

なんで1/300に入ったんだろう?

高齢だという理由で羊水検査をした私 それが当然だと当時思っていた。 そして、これが一番の理由だけど… リスクについて…前期破水など説明はうけていたけど、1/300のひとりにはいるとはゆめゆめ思っていなかった。 300人の中の1人に入るなんて! とたかを括っていたのだ。 選ばれた人だったのか? こんなことなんかに選ばれたくないよ。 と当時は泣いて泣いて泣きました。 仕事との家庭の両立。おまけに妊婦。 精神的にまいっていたのかなー。ストレスがたまったのかなー。検査後動きすぎたかなーと後悔ばっかりてました。 何がどうなって300人の1人に入ってしまったのか。 今でもわかりません。 きっとお腹の子供が母さん休んで!助けて!みたいなSOSだったのかなー。としか思えません。 命というものを考えさせられる時だったのかもしれません。

  • 2020年5月3日

入院生活12日目〜19日目退院

12日目点滴がはずれる 前日、破水検査でほぼ陰性が出たので点滴が12日目ではずれました。 今まで病室内しか動いてはいけなかったのが、病棟内であれば動いていいということになりました。 点滴をさしてはすぐに漏れる状態だったので点滴がはずれて本当によかったです。 病室内での安静だったのでほとんどトイレとシャワー以外寝ている状態だったので、病棟内移動が許可になったのがうれしくて、やたら、ちょっとしたゴミ捨てなどちょこちょこと動くようにしました。 そして、12日目・・・ 思いもかけず、羊水検査の結果を聞くことになりました。 本当は、入院しなければ結果を聞くのは後1週間後だったのですが、早く聞くことになりました。 心の準備もしていなかったのですが・・・ 主治医の回診で毎日「何か変わったことはありませんか?」と聞かれるのですが、いつものように「特に変わりはありません」と言った後、先生も「それはよかったです」と病室を出ようとしていたところ・・・ 「あ、忘れていました」「羊水検査の結果ですが、陰性でした」とさらりと結果を聞く結果となりました。 とそんなこんなでさらりと結果を聞き、後は、1週間後18日目の次の診察で破水検査が陰性であれば退院ということになりました。 点滴がはずれるというのはなんと快適なんでしょう。 調子に乗って、病棟内をうろちょろしておりました。 今までは点滴があったので食事の下膳もすべてやってもらっていたけど、自分でできるようになりました。配膳はすべて看護婦さんとかがやってくれましたが。 病棟内を移動できるので、新生児室もカーテンが空いていたらのぞくことができて、眺めたりしておりましたが、ちっさい~と何度も見て驚いて、自分も春頃には戻ってこんな壊れそうなちっさい子を産むのかとびっくりしたりしていました。 点滴がはずれてから毎日、看護婦さんが簡易の機械で子供が元気かどうか心拍を確認するのですが、どうも、看護婦さんの好き嫌いがあるのか?すんなり心拍をとらせてくれる看護婦さんとそうじゃない看護婦さんに分かれており、毎日おもしろかったです。 そんなこんなで次の診察まで長く感じましたが、無事に18日目の診察で破水検査が陰性となり、翌日退院となりました。 やっと家に帰れる。 うれしかったな~ 19日目昼前に退院。 ナース室にいる看護婦さんに帰宅することを告げるとなんとエレベーターのところまで見送りにきてくれました。少しほろっとしました(笑) お産までまた途中出戻らないようにと言いながら、お礼を言い、帰宅。 退院の日は雪が舞っており、3週間とちょっとでかなり寒くなっており、ちょっとびっくりしました。 そんなこんなで思いもよらない入院生活を送ったのですが、確率で200~300人のうちの1人には入ることはないだろうと思っていましたが、実際、この身に起こるとちょっとリスクを安易に考えすぎていたのかなと思います。 入院初日、流産かこのまま妊娠継続かは半々と言われた時は悪い方を考えて絶望しましたが、なんとか退院できてよかったです。 もう少し書きたいことがありますが、とりあえず、羊水検査から前期破水退院までのお話を終わりたいと思います。

  • 2020年5月1日

高齢出産の産後…

39歳…ギリギリ30代で産んだその後… 現在46歳、こどもは7歳。 現在小学1年生です。 やっぱり体力的にしんどかったです。 慢性の寝不足。 完全母乳だったため、毎日げっそり。 自分がいなきゃ泣く。 預けてリフレッシュにも行けず。 美容院にだっていけない。 自分のことは後回し。 毎日が慌ただしく過ぎていき、当時のことがあまり思い出せないくらい。 歳のせいか、疲れやすく 身体はボロボロだったと思います。 高齢出産ってホント後大変ですね。

  • 2020年4月30日

入院生活5日目〜11日

入院生活5日目から11日目(2回目診察)までのことです。 診察の結果、まだの反応が出ていたので点滴は継続。。。 もう、点滴をうつ針が痛くてね。 24時間点滴で、気泡がでたらピーピーなって、閉塞したらピーピーなって。 昼ならいいけど、夜中寝ている時に鳴ると寝ているのを警告音で起こされる日々。 毎日朝起きてごはん食べてテレビみて・・・昼になったらごはん・・・テレビ・・・夜ごはん。消灯時間までテレビ。 動かないからお腹もすかない。 すかないけど、妊婦食だからご飯の量がヘビー。 11日目までの診察までが長いんですよ。ホント。 もうこちらとしては水が出てる感じもないから、なんで寝てるんだろ?みたいな気もするし。でも安静にするしか方法がないし、特別室だから個室料が高いのも気になる。普通の個室が空いたら移動したいと伝えているけど、なかなか・・・ 家の猫も気になるし(笑) で、だいぶ精神的には落ち着いてきていました。 ただ、この入院の元になった羊水検査の結果はまだ出ていないので、陽性が出たらどうするのか?今自分は命を精一杯生かすようにしている。自分の矛盾に何をしているのだろう。最初から検査を受けなければこういうことにはならなかったのではとやはり暇な時間が多いと考えてしまっていました。 本当に難しい問題だと思います。 この入院で夫婦でもっとよく話をできたと思います。 そんなこんなで入院9日目に普通の個室が空いたので移動できることになり、移動しました。特別室は部屋にシャワーもあり、共同のシャワーじゃないので自分がいい時間に点滴の処置をしてもらって入っていたけど、これからは共同のシャワーで入ることになりました。それでも、お金の心配しなくていいからその方がいいし、特別室より普通の方が庶民の私には落ち着きました(笑) 結局、ずっと血液検査の結果は炎症反応はなくて入院中はシャワーは毎日入っておりました。 11日目の診察で子供の大きさとかを確認、破水検査を行いました。 ここでやっとほぼ陰性だということになり、次の日に点滴をはずすことになりました。 中の赤ちゃんは終始元気。 強い子だわ。。。。

  • 2020年4月28日

入院生活2日目〜4日目

入院生活、2日目、3日目も変わったこともなく、水が出ている感じは自分ではしない。でも少し出ているのかな?本当にわからない。一つ言えるのは大きい破水はないというのは確実に言える。 2日目、3日目はまだまだ24時間の点滴ウテメリンの副作用が強く動悸、頭痛がひどく、頭痛はアイスノンでしのいでいた。 また、破水していないか心配で心配で夜中も頻繁に目がさめてトイレに行っていた。 初日からシャワーの許可が出ていた。 のだけど、初日は怖くて身体を拭いてもらうだけにした。 でも、2日目からは怖がっていても仕方ないので入ることにした。 何せ特別室なので部屋にシャワーがある。 希望の時間を言って、その時だけ点滴をはずしてもらい、ぬれないように保護してもらう。(針はつけたままなので) 今になって思うのだけど、最初からシャワーの許可が出ていたってことはそこまでひどくなかったのかな?とは思う。 血液検査の結果、炎症反応は出ておらず、感染はしていなかったのでシャワーの許可が出たのだろうから。 ご飯を食べてはテレビを見て寝る生活。 4日目にしてやっと診察が行われた。 安静度は部屋内のトイレのみということだったので、部屋の外に出るのははじめて。 夜中の緊急入院だったため病棟を見るのもはじめて。 車椅子にのっけてもらって(歩けるのに・・・と思ったけど、仕方ない)病棟内の診察室に移動。 破水の検査と中の赤ちゃんの大きさなどを確認。 羊水の量も問題なく、赤ちゃんは元気。 たまたま旦那はんもいたのではじめて超音波で見てもらい、心音も聞いてもらった。 とにかく、入院当初から赤ちゃんが元気なのが救いだった。 後は、いっぱい食べて、いっぱい寝て、安静にして自分の羊膜の回復を信じて過ごすのみ。 4日目位からは、なんとなく大丈夫なんじゃないかと思い始めていた。 でも、4日目の診察ではまだ破水検査では羊水の反応が出ていたみたいで、24時間の点滴は継続。抗生剤も飲み薬ではなく点滴に変わってたりした。 私の腕は血液検査には向いているのだけど、点滴はどうも相性が悪いようで3日もたないといけないのだが、3日もたずして腫れてきていた。 痛いんだよ。これが。。。。 でも、私が我慢しなければ誰がするのかと思い、副作用も点滴の針も我慢、我慢。 これでよくなるんだったら我慢でもなんでもするよ。 ってな心境でした。

  • 2020年4月27日

入院生活1日目

朝になった。 朝一番で血液をとられて、血液検査。 なにせ緊急の為、入院準備をしていないし、何もない。。。 両親が入院に必要であろうものをそろえてきてくれたのが助かった。 緊急食で準備された少し遅めの朝ごはんを食べて入院生活の説明と治療方針が説明された。治療方針は24時間点滴で安静にするしかないということしかなく、とにかく寝ているしかない。 でも、血液検査の結果、炎症反応はでておらず、感染症の兆候も見られないことから、シャワーは最初から入っていいとのことだった。 のだけど・・・ シャワーをすることで破水しないだろうか?と不安で仕方なかったので、入院初日は身体をふいてもらうだけにしてもらった。 準備してもらったパジャマにやっと着替えることができた。 旦那はんとは、電話で話をできていたのだけど、忙しいので病院に来れるかどうかわからない状態で、心細い状況が続く。のだけど、無理を言えないのはわかっているので、強がって無理して来なくていいけどと言ってみたり・・・でも・・・ごにょごにょ・・・でも来てもらえるなら来て欲しいと、無理を言ってしまった。 結局、私のわがままを聞いてくれて、なんとか仕事をやりくりして病院にきてくれた時は、本当にホッとしました。 両親も来てくれる方が私も心強いだろうということで安心してくれました。 両親も疲れているようなので帰ってもらって夫婦二人きりになってはじめて泣きました。泣いたのはこの時だけだったかな。だったかな・・・たぶん。 とにかく入院中、旦那はんが大丈夫だと励ましてくれていたのでがんばれたし、いろいろ今後について話すことができました。 入院当初はまた破水するんじゃないだろうかと恐怖でトイレにばかり行ってたかな。 でも、その後は、水っぽいものは、特に自分で出ている感じはなかった。 入院4日目に一回目の診察が行われるとのこと。 それまでは、安静にするしかなく、しかも、まだ普通の個室はあかないので特別室で過ごしていました。 先生からは、暇だろうけど、安静にするしかないと・・・ テレビは見ていいからねと。 しかし、こんなに休んだのはいつぶりだろう? 安静にするしかないので寝ているしかないのだけど。 看護婦さんにまだ胎動とか感じませんよね?と言われてたんだけど、何やら腸の動きとは思えない動きをお腹に感じてはいました。 そのママという毎日妊娠週数に合わせて赤ちゃんの状況とお母さんの状況を簡単に教えてくれるメルマガを登録しているけど、そのメールにタイムリーなのことに 「あなたが胎動と思うならそれは胎動と思っていいんですよ」と書いてあったので、胎動だと思うことにしました。 元気だから大丈夫のサインだと思うことにしたのです。 つづきます(次は入院4日目の診察へ)